希奈子は怖がり?




「さっき、希奈子さんが言ってくれたこと、すごくうれしかったです。」
 ダンスをたっぷり楽しんだ三匹と三人は
 ふたたび丸テーブルでお茶をあじわっている。
 希奈子があたたかい珈琲ミルクをひとくちふくんだとき、
 フォールドがひとりごとのようにつぶやいた。
「わたしの言ったこと?」
 心当たりのない希奈子は首をかしげた。
「あの蓄音機、希奈子さんはすきだって言ってくれたでしょう?」
 希奈子が、はっと目を大きくするとフォールドの顔を見た。
「もしかして・・あの蓄音機って・・」
「ええ。ボクがつくりました。最高傑作っていってもいいかもしれません・・ね。」
 はにかむフォールドはそう言うとハルさんのほうをむいた。
「まさか、ボクの蓄音機がハルさんのお気にめすなんて、
 すこしも思っていませんでしたから。」
 ハルさんは、ふぅっと煙草のケムリをはき出すと
「個性的でオレはすきだがね。」
と言って、にんまり笑った。
「あのピアノもそうだったけれど、わたしもフォールドさんのつくる音、すきよ。」
 あまりにもむじゃきに笑う希奈子にフォールドの目は三日月形になった。
「希奈ちゃんは音楽がすきかね?」
 ハルさんが白いケムリと言葉を口から出した。
「大すきです。」
 ハルさんにも聞こえるように、希奈子はすこし大きな声でこたえた。
「音楽がすきなやつに、そうそう悪いもんはいない。」
 ハルさんが煙草をカメの形をした灰皿におくとカップを手にとり、
 ひとくち珈琲を飲んだ。
「なぁ?ライラック。」
「それはオレに対してのイヤミですか?ハルさん。」
 ハルさんもライラックも笑っている。
 ふたりともじょうだんだとわかっているので、
 すこしくらい口が悪くても平気なのだ。
 そんなハルさんとライラックを見ていた希奈子は、
 自分の左どなりにすわっているモモ姫に
「あのふたりって大人ね。」
と、小声でささやいた。モモ姫はどんぐりまなこをきょとんとさせながら
「大人?」
と、聞きかえした。
「うん。大人ってかんじがする!」
「まあ、ふたりとも見かけによらず年いってるしね。」
 モモ姫は希奈子のはなしよりもケーキを食べることに夢中のようだった。
「そうじゃなくて、なんていうのかな。会話の内容とか・・・。」
「そうねぇ。むつかしいことばっかり言ってるわよね。」
「コーヒー飲めるし・・。」
「あら。わたしだって飲めるわよ!」
 モモ姫がわざとらしく珈琲をこくりと飲む。
「それに夜もひとりでねられるんだろうなって・・。」
 そう言ったと同時(どうじ)に、みんなのしせんが希奈子に集まった。
「まさか、希奈ちゃんったら、ひとりでねれないの?」
 しんじられないといったように、
 モモ姫がテーブルに身をのりだしながら聞いてきた。
「あ・・、ねられるけど・・・。」
「けど?なによ?」
 モモ姫がせめるように希奈子に質問する。
「真っ暗だと、怖いから・・。」
 最後の言葉はほとんど聞きとれないくらいちいさな声で言うと、
 希奈子はうつむいてしまった。
「だから、希奈ちゃんはあかりをつけたままねていたのね!」
 下をむいたまま希奈子がちいさくこくんとうなずいた。
「そんなに暗いのが怖い?」
 モモ姫の言葉に希奈子は、また、こくんとうなずく。
 ふいにライラックが笑いだした。フォールドまで笑っている。
 希奈子はやっぱり笑われた!と、心の中でつぶやくと、
 そのひとみに大つぶのなみだをためた。
 もしも、まばたきをしたらぽろりとこぼれてしまいそうだ。
 それに気づいたのか、ユリエさんがそっと希奈子の頭をなでてくれた。
 その手はとってもあったかくって、そして、やさしいにおいがした。
 おかあさんのにおいだ。
 ユリエさんの手がはなれる瞬間、
 希奈子の目の水たまりもいっしょに消えていった。
 希奈子は、ふと、あることを思い出した。
 ちいさいころ希奈子が転んでしまいケガをしたときのことだ。
 泣く希奈子におかあさんがかけよるとおまじないを唱えてくれた。
「いたいの、いたいの、飛んでいけ。」
 ひざこぞうはまだじんじんしていたけど、なぜかさっきよりもいたくなかった。
 だから希奈子は、おかあさんは魔法使いなんだと思っていた。
 おかあさんの魔法。それは希奈子を元気にしてくれる魔法だった。

「おい。」
 希奈子が顔をあげると、ライラックがいつのまにかとなりに立っていた。
 なにも言わずにライラックの顔を見つめかえす希奈子。
「ついてこい。」
 たったひとことそう言うと、
 ライラックはさっさと歩きだしモモ姫の前で立ち止まった。
「モモ姫、ちょっとこいつをかりていくぞ。」
 モモ姫とフォールドが顔を見合わせる。
「それはいいけど・・・。」
「ちゃんと送りとどけるから心配するな。」
「わかったわ。じゃあ、希奈ちゃん。また会いましょうね。」
 モモ姫が立ち上がると手をふった。
「また、いつでもおいでね。」
 フォールドやハルさん、ユリエさんも希奈子に手をふった。
「今日は、ありがとうございました。」
 お礼を言うと希奈子はライラックをおいかけて東亭をあとにした。
 

 外に出ると空には相変わらず大きくてまんまるなお月さまが、
 ぽっかりとあなをあけていた。
 月光をさらさらと浴びながらライラックが立っている。
「ライラック?どこに行くの・・。」
「ついてくればわかる。」
 そっけないライラックの言葉。
 でも、希奈子はライラックの言葉も声も大すきだった。
「じゃあ、ついてく。」
 希奈子がにっこりと笑った。
 ライラックは希奈子の顔をちらりと見ると両手を月にむかってかざした。
 風がふく。
 そのたびにざわざわと木がないている。
 一瞬、ライラックの体をおおう全身の毛がさかだったかと思うと、
 みるみるうちに体が変化していった。
 前足を地面につき四本足になると、背中をのばして天をあおいだ。
 ライラックが月をにらむ。
 その目はまるで獣のように闇の中でぎろりと光っていた。
 その光景を希奈子は、ただただ見つめるばかり。
 怖いけれど、なぜかきれいだとも思った。
 人間のようだったライラックのすがたは、今はまさしく猫そのものだった。
 大きな、とても大きな猫だった。
「のれ。」
 その声は希奈子のすきなライラックの声だ。
 だから、希奈子は安心してライラックの大きな背中に飛びのった。
 ぽんっと、地面をけったかと思うと希奈子の体は宙にういた。
 アフジスカに初めて来たときのように、
 希奈子はライラックの背中にのりながら空をかけている。
「わたし、また空を飛んでる!」
 希奈子が夜空にさけぶ。
「むかし、見た映画にね・・・出てくるの!猫のバス!」
 どんどんライラックの走るスピードが速くなっていく。
「すごくあこがれてた!ずっと、ずっと、のってみたいって思ってた!」
「オレとバスをいっしょにしてもらってはこまるんだが?」
「そうね。でも、わたし、うれしい!」
 ライラックがほえる。希奈子もいっしょになってほえた。


 闇夜にうかぶ月と少女と猫。
 雲の切れ間から見える月の光が、だんだんまぶしくなっていった。
 気がつくと、月は目の前に大きな両手をひろげて
 ライラックと希奈子をだきしめた。
「着くぞ。」
「お月さまの世界?」
「いいや。」
 もう、目にうつるのは金色の光のみ。
「雲離屋(くもりや)だ。」








   


アフジスカ〜猫と少女の秋空物語〜