東亭(あずまてい)のハロウィンパーティー




 くねくねとまがる道をしばらく歩いていくと、そこは行き止まりになっていた。
 一軒の店が森の中にひっそりとたたずんでいる。
 店の窓からはあかりがこぼれ、
 まるで巨大なジャック・オー・ランタンのようだった。
「希奈ちゃん。着いたわよ。」
 モモ姫が立ち止まると、希奈子のほうをむきながら店を指さした。
 店の軒下には《珈琲処(コウヒイどころ)東亭》と、
 書かれたかんばんがかかっている。
「ひがし・・てい?」
 希奈子が首をかしげた。
「あずまていって読むのよ。」
「東って書いて、あずまって読むの?」
「そうよ。」
「へぇ〜!ひとつ、かしこくなった!」
 そう言って笑う希奈子とモモ姫にライラックが言った。
「それがテストに活かせるといいけどな。」
「む。」
と、ほほをふくらませる希奈子。
 ―ほんとうにライラックってイヂワル!
 むすっとしている希奈子にフォールドが笑いかけた。
「希奈子さん。ハロウィンの合言葉を知っていますか?」
「あいことば・・・?」
 すこしかんがえると、希奈子はぽんっと、手をたたいた。
「わかった!」
「それじゃあ、みんなで声をあわせて言うわよ!」
 モモ姫が前足をふりあげた。
「トリック オア トリート!」
 希奈子にモモ姫、そして、フォールドとライラックの声が暗い森にひびいた。
 カボチャが笑う。
 ぎぃっと、重たい木の音とともに店のドアがゆっくり開かれた。
「アイム スケアード!」
 へんくつそうなおじさんが真っ暗な部屋に立って、にんまりと笑った。
 次の瞬間、あたりに希奈子の悲鳴がこだました。
「もう、ハルさん!そうやってヒトをおどろかすの、やめなさいよ!」
「これが趣味でね。」
「どういう趣味なんですか・・・。」
 フォールドがため息まじりに笑った。
「歯が・・・、歯が、とれちゃったよぉ!」
 希奈子がふるえる声でさけぶと、ハルさんは満足そうに笑った。
「希奈ちゃん。あれはね、ほんものの歯じゃないのよ。」
「え?ニセモノの歯なの?」
「そうゆうことだ。」
 モモ姫とライラックがじゅんばんに説明する。
 この東亭の主人ハルさんの趣味とは、
 口から入れ歯をぱかっとはずして、ヒトをおどろかすことなのだ。
 希奈子の両親ともに、もちろん入れ歯ではない。
 おじいちゃんやおばあちゃんも
 希奈子の目の前で入れ歯をはずすことなんてなかった。
 だから、希奈子は入れ歯を見たことがなかった。
「いやいや・・おどろかして、わるかったね。」
 そう言うハルさんの顔はとても楽しそうだ。
「みんな、よくきたわね!いらっしゃい!」
 ハルさんの背中ごしに、店の中からあかるい女のヒトの声が聞こえてきた。
 四人が店の中へと入る。
 ちょっとこじゃれたその店は、珈琲のにおいでいっぱいだった。
 中にはカウンターといくつかの丸テーブルがあり、
 天じょうからは大きな船の模型がぶらさがっていた。
 カウンターには希奈子のおかあさんより
 ひとまわりくらい年上の女のヒトが立っている。
「希奈ちゃん。紹介するわ。こちらはハルさんの奥さんで、ユリエさんよ。」
「はじめまして。」
 希奈子がちいさい声であいさつすると、ユリエさんはにっこりと笑った。
「はじめまして。希奈ちゃん。こっちへいらっしゃいな。」
 ユリエさんがニコニコ笑いながら希奈子をテーブルへと手まねきした。
 キレイに装飾された丸テーブルにはイスが四つ。
 そのうちのひとつに希奈子がちょこんとすわると、
 モモ姫たちもそれぞれ席についた。
 ハルさんが部屋のかたすみにおかれた蓄音機にレコードをセットした。
 しん・・とした空間に、ブツっと、音がひびく。
 蓄音機から音があふれた。
 それは、希奈子が今まで聞いたことのない音たち。
 音がまるで生き物のようにひろがって希奈子をつつみこむ。
「音がこぼれてくるかね?」
 ハルおじさんがにんまりと笑いながら希奈子に言った。
 そのとき、希奈子はライラックの言葉を思い出した。
《じぶんが感じるままに価値をみいだせばいい》
 希奈子は目をとじた。そして、音を聞いた。
「音が・・・」
 希奈子は目を開けると、ハルおじさんをまっすぐに見た。
「音が・・?」
「音がむねのなかにいっぱいになって・・・ぶわって、とりはだがたって・・。」
「ふむ・・?」
「わたしはこの音がすきです。」
 希奈子は、はっきりとそう言った。
「なるほど。」
ハルさんがうなずく。
「この音がすき・・・か。」
 ハルさんがすこしうつむきながら言ったので、
 希奈子はなにかまちがったことを言ってしまったのかと不安になった。
「いいな。そう思えることは、実にいい。」
ハルさんが顔をあげると希奈子に言った。
その顔が笑っていたので希奈子は安心した。
「じぶんのすきなものをすきだと言える。それが一番だと思わないかね?」
 ライラックがほんのりと笑った。
「むずかしいはなしはそれくらいにして、なにか飲まない?」
 ユリエさんがみんなにコップを見せた。
「ふむ。むずかしいはなしかね?」
「ハルさんにしろ、ライラックにしろ、カタブツなのよね!」
 モモ姫が前足にあごをのせながら二人をちろりと見た。
「カタブツっていうより、ハルさんは変人のほうがあってるな。」
 ライラックが言う。
「ハハハ!オレは変人か。実に、いいじゃないか!」
 ハルさんが笑うと、みんな笑った。もちろん、希奈子も笑っている。
 

 しゅんしゅん。と、お湯がわく音がした。
 蓄音機からきらきらこぼれる音楽と珈琲のにおいが
 東亭の中をゆったりと流れていく。
 実に、ここちの良い空間だった。
 ユリエさんが銀のトレーに磁器のカップを四つのせて、
 希奈子たちのすわっているテーブルに持ってきてくれた。
「さぁ、どうぞ。東亭ハロウィンスペシャルのマロンラテとパンプキンケーキよ。」
 希奈子の前にさしだされたカップには真っ白なクリームがたっぷりとのせられ、
 その上には、ちょこんと栗がもりつけられていた。
「ん〜。いい香りですね。ハルさんのつくる珈琲は、ほんとうにおいしいです。」
 フォールドがひくい鼻をひくひくと動かし、
 カップからただよう湯気にメガネをくもらせた。
「ケーキもおいしい!
 ユリエさん。今度はカボチャのタルトもつくってちょうだい!」
「あら?モモ姫。ダイエットをしてたんじゃないの?」
 ユリエさんの言葉にモモ姫があわてて言った。
「だめよ!言っちゃ!」
 しかし、もうおそい。
 ハルさんもライラックも、にやにやとモモ姫を見ている。
 モモ姫は、つんっと、そっぽをむくとケーキを口いっぱいにほおばった。
 そのようすを楽しそうに見ていたフォールドが、
 モモ姫のとなりにすわっている希奈子が、
 まだひとくちも食べていないことに気がついた。
「希奈子さん。食べないんですか?おいしいですよ。」
 希奈子は目の前におかれているカップをじぃっと、見つめるばかり。
「あの・・・ラテって、なんですか?マロンは栗のことですよね?」
「お子さまにラテはまだ早いんじゃないのか?」
 すました顔で珈琲を飲むライラックに、希奈子は
「お子さまじゃないもん。」
と、反こうした。
「ラテってのは、まぁ、珈琲の種類だ。
 希奈ちゃんのはお子さま用に甘くしておいたから飲めると思うよ。」
 カウンター席にすわっているハルさんが
 手に持っているカップを希奈子のほうにむけながら言った。
「コーヒー飲むと、おなかがいたくなっちゃうの・・・。」
 希奈子が心配そうにカップをのぞきこんだ。
「やっぱりガキだな。おまえは・・・。」
 希奈子はライラックに赤い舌をちろりと見せると、
 カップを手にとり、ぐびりとマロンラテを飲んだ。
「あまくて、おいしい!」
 満面の笑みで言う希奈子に、ハルさんも
「そりゃ良かった。」
と、笑った。


 希奈子のおなかがマロンラテとパンプキンケーキでいっぱいになったころ、
 モモ姫とユリエさんがなにやらこそこそとナイショ話をしはじめた。
 ライラックとフォールドはハルさんとややこしいはなしをしている。
 なにもすることがない希奈子は飲み終わったカップを手にとると、
 それをじっと見つめた。
 真っ白いカップに青い色でかわいらしい花が描かれている。
 ふいにそのカップをひっくりかえして見てみると、
 底には二本の剣がクロスしている紋様があった。
「希奈ちゃん!」
「はい!」
 とつぜんよばれた希奈子は思わずカップをおっことしてしまいそうになった。
「そろそろ本番にむけて、準備しましょう!」
「本番?準備?」
 なんのはなしだか、さっぱりわからない希奈子の手をとると、
 モモ姫はイスから立ち上がった。
「いいから!いいから!とにかく、こっちにきて!」
 相変わらず強引なモモ姫にとまどいながらも、
 希奈子は立ち上がると
 さそわれるまま部屋のおくにあるドアへとはいっていった。
 部屋にはいると、そこにはユリエさんが待ちわびていた。
「さ!希奈ちゃんもこれに着がえてちょうだいね。
 サイズ、合うといいんだけれど・・。」
 ユリエさんは真っ黒の洋服を希奈子にてわたした。
「・・・?これ、なあに?」
「ふふ。それは着てからのお楽しみよ♪」
「お楽しみ・・?」
「ユリエさん、わたしの洋服は?」
 モモ姫は希奈子のほうを見ないで、タンスのなかをあさったり、
 宝石箱をひっくりかえしたりと、なにやら探しまわっている。
 ―これもハロウィンと関係あるのかな。
 希奈子はわたされた洋服をまじまじと見つめた。


 こんこん、と、ドアがノックされた。
「おじょうさんたち、準備はよろしいかね?」
 ハルさんの声だ。
「ええ。いいわよね?モモ姫、希奈ちゃん。」
「もちろんよ!」
「こっちもオーケーだ!さあ、パーティーのはじまりだ!」
 ドアが開かれる。
 さっきまでの東亭とはちがう、あやしくて、
 でも楽しそうな雰囲気が希奈子たちをでむかえた。
 天じょうからつりさげられた船にはオレンジのあかりがともり、
 さながらゆうれい船のようだ。
 たなの上には顔つきカボチャがおかれ、にたりと、こちらを見ている。
 窓ガラスには紙でつくられたコウモリやクモのすがはられていた。
 部屋の中央にひっそりとたたずむ二つの黒い影。
 ライラックとフォールドだ。
 この二匹も東亭とおなじく、すっかり様変わりしていた。
 ライラックは真っ黒なマントをはおり、頭には黒いシルクハット。
 フォールドは仮面をかぶり、
 ライラックとおなじように真っ黒なマントをはおっていた。
「あら。ふたりともにあっているじゃない。」
 モモ姫がそう言うと、二匹は軽く会釈をしてかえした。
「モモ姫もすっかり魔女(まじょ)になって・・。よく、おにあいですよ。」
 ライラックが言うと、モモ姫が
「当然じゃない!わたしはなにを着てもにあうからね。」
と言って、スカートのはじを持つと、くるりとひとまわりした。
 みんながそうやって仮そうを見せあいっこしているなか、
 希奈子だけははずかしそうに部屋のかたすみにかくれたままだ。
 ライラックが希奈子のほうに目をやった。
「おやおや。どうやら黒猫がまよいこんだようだな。」
 黒猫、つまり希奈子が仮そうしたかっこうだ。
 それに気づいたフォールドも希奈子に声をかけた。
「黒猫はハロウィンのシンボルです。どうぞ、こちらへ。」
 モモ姫も前足でてまねきしている。
 希奈子はしかたなく部屋の中央へとすすみでた。
 部屋がとってもうすぐらかったことがせめてものすくいだった。
「みんな、そろったかね?」
 ハルさんとユリエさんもこちらへやってきた。
 手にはワイングラスを持っている。
 もちろん、なかみはただのブドウジュースだ。
 でも、このジュースにはちょっとしたしかけがある。
 そう、実はこのジュース、なんと目玉のおもちゃがはいっているのだ。
 《目玉いりジュース》にもちろん希奈子はおどろき、モモ姫は悲鳴をあげた。
 でも、実はライラックも一瞬だったけど、
 しっぽの毛がさかだったのを希奈子はちゃーんと見ていた。


 闇夜のハロウィンパーティー、いよいよ開演。
 ジャズが流れていた蓄音機からは古ぼけたワルツがあふれだし、
 見えない貴婦人と紳士たちがくるくるとおどりだす。
 外をふきすさむ風までも音楽にあわせるように窓をたたいた。
「フォールド!わたしの相手、してくださるわよね?」
「よろこんで。」
 フォールドとモモ姫がむきあうと、モモ姫はスカートのすそをつまみ、
 フォールドはかたひざを床につけておじぎをした。
 くるりくるりとおどる二匹を希奈子はすこし遠くから見つめていた。
 そんな希奈子にそっとしのびよる一つの影。
「黒猫のワルツでもおどらないのか?」
 吸血鬼にばけたライラックだ。希奈子はほっぺをすこしふくらませると、
「どうせ、わたし、おどれないもん。」
と、いじけてみせた。
「ま、なにごとも経験さ。やってみなきゃ、できるもんもできやしない。」
 希奈子がライラックをみあげる。相変わらずぶっちょう面だ。
「あら?」
 うっとりとおどりに夢中になっていたモモ姫が声をあげた。
「ねえ。見てよ。フォールド。」
「うん?」
「あれあれ!・・・・ふふふ。やっぱり、あのふたり・・おにあいだと思わない?」
 モモ姫がフォールドの肩においている前足とはべつの前足で指さした。
 フォールドが指の先を見てみると、
 そこにはかわいらしい黒猫と吸血鬼のシルエットが
 暗闇でワルツのリズムをきざんでいた。









   


アフジスカ〜猫と少女の秋空物語〜