呼び鈴
希奈子のほっぺたにふれる、やわらかくてあたたかい感しょく。
希奈子はそっと目をあけた。見なれた天じょう。ここは希奈子の部屋だ。
ライラックに見送られて電車にのったあと、
希奈子はつい、うたたねをしてしまった。
そうして、目をさましたときには、もう自分の部屋のベッドの上だった。
希奈子はベッドのすぐ横にある台の上の目覚まし時計に手をのばした。
なかなかとどかない。
それでも、体をおこさずにベッドから手だけを出して、時計をとろうとした。
やっと時計に手がとどく。
ねむけまなこをこすりながら時間を見ると、午後の六時だった。
あたりは真っ暗だ。つい、このあいだまで六時をすぎてもあかるかったのに。
「もう、秋なのね・・。」
希奈子はそう言うと台の上に時計をもどし、また目をとじた。
希奈子の名前をよぶ声がする。やさしい、だいすきな声だ。
「おかあさん・・。」
希奈子のベッドのとなりで、おかあさんが笑っている。
「希奈子ったら、おねぼうさんね。もう、お夕食の時間よ?」
「今、なんじ?」
「七時すぎになるわ。」
どうやら希奈子はまた一時間くらいねむっていたらしい。
「おとうさんは?」
おかあさんがにっこりと笑った。
「帰ってきてるわよ。いっしょにお夕飯、食べましょうね。」
希奈子はベッドから飛びだすと階段をかけおりた。
リビングのテーブルには、もうおとうさんがすわっている。
「おはよう・・かな?」
おとうさんが笑う。
希奈子はすこしてれくさそうに
「ねちゃってたの・・。」
と言うと、肩をすくめた。
「ねる子は育つっていうくらいだからな。おおいにけっこうだ。」
おとうさんは立ち上がると、
希奈子のうさぎのお茶わんにごはんをよそってくれた。
真っ白いごはんからは真っ白いゆげがあがっている。
「いただきます。」
「はい。めしあがれ。」
希奈子の右どなりにはおかあさん。左どなりにはおとうさん。
家族みんなで食べるごはんは、とてもおいしかった。
お夕飯を食べ終わって、きちんとあとかたづけもした希奈子は、
じぶんの部屋で学校の宿題をはじめた。
図工の宿題でテーマは《じぶんのすきなもの》。
希奈子はまだなにを描こうか決めていなかった。
コロン・・・と、えんぴつを机にころがすと、希奈子は窓から外を見た。
真っ暗な空には、月がぽっかりとあなをあけている。
希奈子はじぶんのふいた、真っ黒なシャボン玉を思い出した。
「希奈子?」
ドアをノックする音とおかあさんの声がまざる。
「なあに?」
ドアがゆっくりと開かれると、
おかあさんがマグカップを手に持って部屋へとはいってきた。
「もうすぐ九時になるわ。そろそろ、ねなさいね?」
そう言うと、おかあさんは希奈子の机にマグカップをおいた。
「宿題をやっていたの?」
机の上に投げだされた真っ白い画用紙とえんぴつを見ながら、
おかあさんが聞いた。
「うん・・。でもね、まだ、なにを描くか決まってないの。」
「希奈子は絵を描くのがじょうずだって、先生がほめてくださっていたわよ。」
前にコンクールに絵を出したとき、希奈子の絵が入選したことがあった。
そのせいもあり、希奈子は次も賞をとれる絵を描こうと思っていた。
「希奈子。」
おかあさんがやさしく希奈子の名前をよぶ。
「コンクールのことなんて、かんがえなくていいのよ?
じぶんのすきなように描きなさい。
おとうさんも、おかあさんも、
希奈子が一生懸命、描いた絵がだいすきなのだから。」
「うん。」
おかあさんはいつもそうだった。
希奈子がなやんでいることを言わなくても、そうやってわかってくれる。
希奈子はほんとうにおかあさんのことがだいすきだった。
「さあ。もう、ねなさい。」
「おやすみなさい。」
「おやすみなさい。希奈子。」
おかあさんのあたたかい手が希奈子の髪をそっとなでた。
おかあさんが部屋から出ていくと、希奈子は画用紙をしまってから、
マグカップを持ってベッドにもぐりこんだ。
あたたかいココアをひとくち飲む。
すると、ココアが希奈子の体にとけて、中からほんわりあたたかくなった。
飲み終わったマグカップをベッドの横の台にのせると、
目覚まし時計を七時にセットした。
「良い夢をみれますように・・・。」
希奈子はおまじないのようにとなえると、
部屋のあかりをつけたままねむりについた。
希奈子はその夜、夢を見た。
電話がなっている。
りーん・・・
りーん・・・と、なっている。
はじめてモモ姫と出会ったときとおなじ。あのときも電話がなっていた。
でも、今とあのときとでは、まったくちがう。
どうしてかって?あの時、希奈子はちゃんと目を開けていた。
でも、今は目をとじている。
そう、これは夢の中。希奈子もこれが夢だってわかっている。
希奈子は受話器をとると、こう言った。
「アフジスカへの切符は、モモ色のシャボン玉!」
戻 次 アフジスカ〜猫と少女の秋空物語〜 |