帰りの電車




 カタン  コトン・・・
 どこからか空気にのって耳にとどく音。
 希奈子もよく知っている聞いたことのある音。
 そう、これは電車の走る音だ。
 ライラックのすこしうしろを歩いている希奈子は、ライラックの背中を見ていた。
 まんまるの背中。
 ―猫はしせいが悪いってほんとうね。
 希奈子はこっそり笑った。
「なにがおかしいんだ?」
 ライラックがうしろをふりむきもせずに言った。おどろく希奈子。
「どうして笑ったってわかったの?こっち、見てないのに・・。」
 ライラックは変わらず前をむいたままだ。希奈子をいちども見ていない。
「オレたち猫のヒゲをあまくみてもらってはこまるな。すこしの振動もわかるのさ。」
「しんどう・・・?」
 希奈子にはライラックのはなしがむずかしくて、よくわからない。
「笑うと空気がふるえるんだよ。」
「空気が・・ふるえるの?」
 意味をたしかめるようにライラックの言葉をくりかえす希奈子。
「音が空気によって伝わるってことも知らないのか?」
 イヂワルなライラックの言いかたに、希奈子はほほをふくらませ
「まだ、学校で教えてもらってないもん。」
 と、口をとがらせた。
 ふいにライラックが立ち止まってうしろをふりかえった。希奈子もあわてて立ち止まる。
「おまえ、さっき言ったよな?」
「なにを?」
 さっきからライラックとすこしだけど会話をしていた。
 だから、希奈子がさっき言った言葉がなにかなんて、たくさんありすぎてどれだかわからない。
「ピアノをじぶんがひいたらキレイな音がしなくなるって・・そう、言っただろ?」
「・・・うん。」
「あれは、どういう意味だ?」
 水晶林でモモ姫にピアノをひくようにすすめられたとき、たしかに希奈子はそう言ってことわった。
 だけど、そのときはだれも理由を聞かなかったから、いまさらライラックに聞かれるとは思わなかった。
 希奈子はどうこたえればいいかとまどった。
 ライラックが希奈子の顔を見つめている。
 希奈子はまだ小学生で背ももちいさい。
だから、二本足で立つ猫のライラックがとても大きく見える。
 まるで、見下ろされているようにさえ思え、希奈子はうしろめたさを感じた。
言葉がのどから出てこない。
「こたえたくないのか?」
 思わず目をそむける希奈子。
「おい。」
 ライラックが希奈子をよぶ。
希奈子は返事をしなかった。
ただ、道ばたにさく名前も知らない花を希奈子は見た。
 ライラックがまた歩きだした。希奈子があとを歩く。
 カチッという金属のこすれる音が聞こえた。
 すこしすると、うしろすがたのライラックからひとすじのケムリが空にむかってのびた。
 そのケムリが風にはこばれて希奈子の鼻をくすぐる。
いやなにおいではなかった。にがいけどあまい。
 そんなにおいがするケムリの正体を知るために、希奈子はすこし早足で歩くとライラックの横からのぞきこんだ。
「タバコ・・・体に悪いよ。」
 希奈子がぽつりと言うと
「ほっとけ。」
 と、ライラックもぽつりと言った。


 青い、青い空にはまんまるのお日さま。
 はじめてきたアフジスカのまっすぐのびる道を希奈子はライラックという名前の猫と歩いている。
 なんだかとってもふしぎな時間。
 この道がどこまでもつづけばいいのに・・希奈子がそう思ったときだった。
「着いたぞ。」
 ライラックがすこし先を指さした。
 赤色の長ほそい三角屋根の建物が見える。
 それは、ちいさなちいさな駅のホーム。
もちろん駅の名前は《アフジスカ》。
「やっぱり、電車が走ってたのね!」
 希奈子はうれしくなって走りだした。
 駅に着くと、希奈子はおもいきり深呼吸した。
 その駅は木でつくられているので、肺のなかが木のにおいでいっぱいになった。
「だれも・・・いないの?」
ライラックがゆっくりと歩いてきた。
「無人駅だからな。」
 無人駅、つまり駅員がいない。
 だけど、この駅は駅員どころか自動改札も、時刻表も、券売機さえもなかった。
 あるのは長いベンチがひとつと、四角い木のテーブルだけ。
「切符・・いらないの?」
 希奈子があたりをぐるりと見わたした。
券売機がなければ切符だって買うことができない。
「切符?そりゃ、いるさ。」
「でも・・!どこで買うの?」
「買う?切符をか?・・・まさか!切符はつくるんだよ。おまえがふいてな。」
「つくる?わたしが?」
 希奈子は、じぶんが電車にのったときのことを思い出した。
 まず、行き先までの料金を料金表でしらべて、券売機にお金をいれる。
 行き先までの料金のボタンをおす。そうすれば、勝手に切符が出てきた。
 あとは、それを自動改札にとおしてホームで電車を待つだけだ。
 だから、希奈子は切符をつくったことなんてもちろんなかった。
「ほら、あそこのテーブルにあるから、さっさとつくってこい。」
「わたし・・切符のつくりかた、わからないもん。」
 希奈子がすこし目になみだをためて言った。
「・・・かんたんだ。ふけばいいのさ。」
「ふくって・・なにを?」
「シャボン玉。」
 ライラックのその言葉に希奈子は目を大きくひらいた。
「シャボン玉?どうして、シャボン玉をふくの?」
 希奈子の質問にライラックはめんどうくさそうにうしろ手で頭をかくと、
 シャボン玉をつくる道具がおかれたテーブルへ歩いていった。
「いいから、ふけ。」
 ライラックはテーブルにのせられた道具をとると、希奈子におしやった。
「いいか?じぶんの世界を思いえがきながらふくんだ。」
 希奈子はこくんとうなずくと、言われるまま口からそっと息をはいた。
 ふんわりとシャボン玉が空気に生まれた。
 真っ黒なシャボン玉だった。
「おまえ、むこうはそんなにつまらないのか?」
 希奈子がふいた真っ黒なシャボン玉がすいこまれるように空へとのぼっていく。
 

ぱちん。


 シャボン玉がわれた。
 そのとたん、どこからか聞こえる電車の走る音。だんだんと近づいてくる。
 希奈子がはっと顔をあげると、いつのまにか目の前に電車がとまっていた。
 その電車は一両編成で、希奈子の家の近くを走っている路面電車ににていた。
「この電車にのっていれば家に帰れる。もう、ここからは、ひとりでもだいじょうぶだな?」
 希奈子は電車にのると窓から顔を出した。
「ライラック。」
「なんだ?」
「ライラックに会うすこし前にね、わたし、水晶のかけらをさわったの。」
「あぁ。水晶林の地面におちて、光っているやつだろ?」
「うん。そうしたらね、わたしがさわったら光らなくなっちゃった。だから・・。」
「だから、あのピアノもキレイな音がしなくなるって?」
「うん。」
 ふいにライラックが大きな声で笑った。
「ほんとうにおまえはあたまでっかちだな!」
 そう言いながら、ライラックは窓から顔を出す希奈子の頭をぽんぽんと軽くたたいた。
 

がたん・・・電車が走りだす。
 だんだん速くなる電車の窓から身をのりだすと、希奈子はさけんだ。
「わたしがあたまでっかちなら、ライラックは石あたまよ!」
 もうライラックのすがたは見えなかったけれど、ライラックが笑ったように見えた。










   


アフジスカ〜猫と少女の秋空物語〜