モモ姫のおともだち
道の両わきに水晶がまるで木のようにたっている水晶林をぬけると
そこは広場になっていた。
広場のまんなかには大きな木のカブがあるのが見える。
ほんとうに大きな木だった。
なんてったって、その上に一台のピアノがおいてあるくらいなのだから。
そのピアノをいっぴきの猫がひいていた。
まるで獅子のような茶色いホホ毛をもった猫。
すこしひろがった耳はぴんと上をむき、すっとした鼻はモモ姫とは正反対。
その猫はちゃんと洋服を着ていた。
白いシャツには赤いネクタイがしめられ、
猫の足あとのかたちをしたネクタイピンをつけている。
そして、サスペンダーつきのチェックのズボンをはいていた。
希奈子はじっとピアノをひく猫の横顔を見つめた。
その顔は凛としている。
ふと、ピアノの音がやんだ。
「だれだ?」
糸をぴんとはじいたようにするどい声でその猫が言った。
とつぜんのことにおどろいた希奈子はびくりと体をふるわせた。
けれど、だまっているわけにもいかず、
希奈子は猫の前にすすみでるとおそるおそる言った。
「あの・・。じゃまするつもりはなかったんです。」
猫のヘイゼル色をした目がぎろりと希奈子を見た。
「なんだ?おまえ、ここの住人じゃないな。」
「あの・・。モモ姫ってパグに連れてこられて・・・。」
ふるえる声で希奈子はひとこと、ひとことこたえた。
「モモ姫だって?」
「はい・・。」
猫は大きくいちどだけため息をついた。
「それで?」
「え・・?」
「おまえをここに連れてきたモモ姫はどこにいるんだ?」
希奈子は思いきって今までのいきさつをすべてはなした。
「なるほどな。じゃあ、もうすぐここにくるだろう。」
「モモ姫が?」
「他にだれがいる。」
そう言われた希奈子はなにも言えなくなり、うつむいてしまった。
「おい。」
とても短いひとことだけど希奈子をよんだその声に顔をあげると返事をした。
「なあに?」
「おまえ、名前は?」
「希奈子。」
「ふうん。」
希奈子はこの短い会話がふしぎとすきだった。
ぶあいそうな猫だとは思ったけれど。
「・・・あなたは?」
希奈子の質問に猫はまた横目でちろりと希奈子を見ると
「ライラック・レオ」
と、またひとことだけこたえた。
希奈子は思わず
「すてきな名前ね。」
と言ってしまった。
べつに相手の気分をよくしようと思って言ったわけじゃない。
ただ、こころの言葉がぽろりと希奈子のくちびるからこぼれただけ。
言われたライラックは笑いもせず、まして希奈子を見ようともしなかった。
希奈子はライラックに興味をもった。
もっとライラックのことを知りたいと思った。
「このピアノ、すてきね。」
希奈子の言葉に今度はライラックが反応した。
「おまえ、なんでもすてきだってほめるんだな。」
「そうじゃないけど。だって、ほんとうにそう思ったから・・・。」
そこまで言うと希奈子は口をつぐんだ。
きっと、このライラックに口ごたえしても、
かなわないと思ったから他のはなしをすることにした。
「このピアノ、スタインウェイのピアノ?」
ライラックは笑った。
「どうして、そう思った?」
「だって・・・おとうさんが・・
とてもきれいな音がするピアノはスタインウェイだって教えてくれたから。」
「ほう?」
ライラックはまだにやにや笑っている。
希奈子はじぶんのはなしを笑われていることはいやだったけれど、
ライラックのその笑った顔はきらいじゃなかった。
「このピアノはホラふきさ。」
「ホラふき?」
「そう。こいつをつくったヤツとおなじようにな。」
希奈子にはライラックの言っている意味がさっぱりわからない。
きょとんとする希奈子にライラックはすこしまじめな顔をしてこう言った。
「モノの名前なんかにとらわれるもんじゃない。
じぶんが見て、聞いて、そして、じぶんが感じるままに価値をみいだせばいい。」
その言葉の意味の半分も希奈子はわからなかったけれど、
ようするにじぶんがすきだと思えばそれでいいんだ、
と、ライラックは希奈子に伝えたかったのだろうと思った。
ライラックがふっと笑った。
「おまえはあたまでっかちなのさ!」
希奈子のほっぺたが真っ赤になった。
―良いヒトだと思ったのに、全然ちがった!
赤いほほをふくらませる希奈子にライラックはまた笑った。
「ところで、おまえたち人間は前から変わっているとは思っていたが・・・」
そこまで言うと、ライラックはちらりと希奈子に目をやった。
相変わらずほっぺをふくらませている希奈子も
負けじとライラックをにらみつける。
「おまえ・・クツをはかないのか?」
はっとじぶんの足を見ると、言われたとおりクツをはいていない。
アフジスカの世界にくるとき、
二階のベランダから飛んだからクツをはきわすれてしまったのだ。
真っ白なくつしたはどろまみれ。きっとおかあさんに怒られてしまう。
おまけに足の親指がぴょこんと顔を出していた。
大あわてでもうかたほうの足でやぶれたくつしたをかくすと、
希奈子はそうっとライラックに目をやった。
ライラックは顔をそむけていたけれど、きっと笑っているにちがいない。
希奈子は水晶のなかに飛びこんでしまいたかった。
「おまえはあたまでっかちなうえに、そそっかしいんだな。」
希奈子は真っ赤なふうせんのように、
ただでさえ真っ赤なほっぺたをさらに赤くそめた。
「ほら。ようやくお姫さまのご登場だ。」
ライラックがすこし遠くを見て、あごで希奈子のうしろをさした。
「あ!モモ姫!」
希奈子はまだいちどしか会っていないモモ姫をとてもなつかしく感じた。
それは、モモ姫とはなれて不安だったから。
「希奈ちゃん!やっと見つけたわ!」
モモ姫はピンク色のチェックのワンピースに赤いりぼんがついた、
かわいらしい洋服に身をつつみ、こちらにむかって走ってきた。
「もお!探したのよ?」
「ごめんなさい。」
「まあ、いいわ。それよりも、あなたに紹介したいヒトがいるの。」
モモ姫はいちど、大きく息をすうとライラックにむきなおった。
「まさか、あなたが希奈ちゃんといっしょだったとは思わなかったわ。」
「まあね。」
ライラックは肩をすくめると、モモ姫に軽くおじぎをした。
「希奈ちゃん。こちらはライラック・レオといって、
そうね・・・インテリな猫よ。まあ、イヂワルな猫って言ってもいいわね。」
「いんてり・・・?」
「おいおい。それはないんじゃないのか?モモ姫。」
「あら。わたし、まちがったこと言ってなくてよ?」
ふんっと、つぶれた鼻をならしてそっぽをむくモモ姫に、
さすがのライラックもうしろ手で首をさすりながら苦笑いした。
ライラックがイヂワルだということは、希奈子も身をもってわかっている。
しかし、もうひとつのライラックの性格をあらわす言葉が
希奈子にはわからなかった。
いくらかんがえたところで聞いたこともない言葉の意味がわかるはずもなく、
希奈子はモモ姫に聞くことにした。
「モモ姫・・・。いんてりってなあに?」
「ようするに、ものしり博士ってことよ。」
モモ姫のこたえに、希奈子は口を大きく開けながら
「なるほど!」
と、うなずいた。
「お〜い!」
ちょっとはなれたうしろから声が聞こえた。
三人が会話をやめてふりかえると、いっぴきの猫が走ってくるのが見えた。
「フォールド!こっちよ!」
モモ姫がその猫にむかってさけぶと、手をふった。
フォールドとよばれた猫は、
はあはあと息をきらせながら希奈子たちの前で立ち止まると、
おでこを手でふきながら言った。
「まったく・・・モモ姫ってば、ひどいですよ。
ボクが走るの苦手なことくらい、知ってるでしょう?」
「なに言ってるのよ!そんなことで、よく猫がつとまるわね!」
「ボクだってすきで猫をやってるわけじゃないんですから・・。」
そう言うと、フォールドは大きく息をすいこんだ。
その猫もちゃんと洋服を着ていて、首元には赤いちょうネクタイ。
肩からはどこかの探偵が着ているようなコートをはおっていた。
そして、まんまるで白と黒と灰色がまざった顔には
黒ぶちの丸メガネがちょこんとのっかっている。
そのよそおいから、フォールドはどことなく紳士のにおいがした。
「希奈ちゃん。」
「はい?」
「こちらはフォールド・スモーク。」
「またの名をホラふきフォールドさ!」
モモ姫のはなしにライラックが横からわりこんだ。
「ライラックも相変わらずひどいなぁ。」
フォールドはモモ姫のように下にたれた耳を
二、三回ぴくんと動かすと苦笑いした。
ライラックはというと、さっぱり悪びれたふうもない。
「ホラふきフォールド?」
希奈子がなにかを思いついた。
「もしかして、あのピアノをつくったヒトって・・・。」
希奈子がそこまで言うと、ライラックが言葉をつなぐ。
「そう、あれをつくったヤツがこいつさ。」
「すごい!あんなにきれいな音がするピアノをつくれるなんて!」
あまりにも希奈子がお日さまのように笑ったので、
フォールドはまぶしそうに目をほそめた。
「おまえ、ずいぶんとこいつを気にいったみたいだな。」
ライラックがぽろんとピアノをはじいた。
「希奈ちゃんもひかせてもらったら?」
モモ姫のもうしでに希奈子は左右に首をふった。
「わたしがひいて、もしも、このピアノがきれいに歌えなくなったらいやだもん。」
希奈子の言葉に三匹はふしぎそうな顔をした。
でも、どうしてかはだれも聞こうとしなかった。
「フォールドさんは、ピアノをつくるヒトなの?」
希奈子の質問にフォールドがにっこりと笑うとこたえた。
「ボク、水晶職人なんです。」
「水晶職人・・・?」
はじめて聞く言葉に希奈子の頭はハテナマークが飛びかっている。
「この場所は水晶林といってね、
アフジスカのなかでも月光がいちばん集まるところなんです。」
希奈子はそのまんまるのひとみでフォールドの顔をじっと見ながら、
その言葉に耳をかたむけている。
「水晶は月光で育つって・・希奈子さん、知っていますか?」
「え?水晶って育つの?」
「ええ。植物は日光で育つでしょ?
それとおなじで水晶は月光で育つんです。」
「そうなの・・!」
「それで・・この水晶をつかって、
いろいろなモノをつくるのがボクの仕事なんです。」
「だから、水晶職人さんなのね!」
「そうですね。」
水晶職人がどういったものなのかわかった希奈子は、
もうひとつのハテナを投げかけた。
「じゃあ、どうしてホラふきなの?」
一瞬、フォールドの顔がすこしだけ悲しくなった。
「希奈子さん。」
「はい?」
「ボクは職人ですから、どんなものだってつくりたいんです。」
「どんなものも?」
「そう。ボクの目に見えるもの、見えないもの、すべて。」
「そんなこと不可能に決まってるだろう?」
ライラックが言った。
「うん。不可能かもしれない。
でもね、あきらめてしまったら、そこで終わりでしょ?
だから、ボクはつくれるってしんじてるんだ。」
そのフォールドの言葉にライラックは顔をそむけると、ヒゲをいちどだけなでた。
希奈子はふたりの会話のふかい意味なんてさっぱりわからなかったけれど、
なぜか、希奈子のちいさなむねがつきんと痛んだ。
まるで水晶のかけらがささったように。
「わたしはフォールドに賛成するわ!」
ふいにモモ姫が大きな声で言った。
「だいたいね、ライラックみたいなかんがえかたじゃ、つまらないじゃない?
せっかくだもの、めいっぱい、今を楽しみましょうよ?」
そう言うと、モモ姫はくるりとひとまわりした。
ピンクのワンピースがふうわりと空をおよぐ。
モモ姫の四本の足が愛らしく宙をかくと、歌声が流れだした。
♪いちねんのあの日のために生きるヒト
♪いちねんの今日のために生きるヒト
♪いちねんの明日のために生きるヒト
♪カーニバルがくる
♪大地さえゆるがす太鼓の音とともに
♪カーニバルがくる
♪大気さえもふるわせる歓喜とともに
♪いちねんのどんな日のために生きようと
♪ほんとうの苦しみを知ったとき
♪人は悪魔にさえ救いを求める
♪カーニバルがくる
♪あれは
♪オルーロのカーニバル
「さあ!せっかく、こうしてわたしたちがお友だちになれたんですもの!
出会えた奇跡をお祝いしましょう!」
モモ姫があかるい声で高らかに言った。
「いいですね!お祝いだ!
カーニバルとまではいかないけれど、今夜は一席設けましょう!」
「そういえば、ハルさんところのハロウィンパーティーはいつやるんだ?」
ライラックがモモ姫やフォールドとは正反対のおちついた口調で言った。
「あ!たしか・・・今夜よ!」
「決まりだな。」
ライラックがめずらしく口のはしっこをつり上げて、にやっと笑った。
「ええ!・・・希奈ちゃん。」
「は、はい?」
きゅうにじぶんの名前をよばれた希奈子は、すこしつっかえながら返事をした。
モモ姫が満面の笑みで希奈子を見ている。
なにか楽しいことを思いついたときのように。
「今夜、むかえにいくわ。」
「今夜?・・・でも、わたし、夜にでかけるとおかあさんに怒られるから・・。」
希奈子がもうしわけなさそうに下をうつむきながら言うと、
モモ姫が希奈子の肩をぽんっと、たたいた。
「だいじょうぶ!わたしにまかせてちょうだい!」
得意気に言うモモ姫に対して、希奈子は変わらず不安な顔をしている。
でも、そんな希奈子にはおかまいなしにモモ姫がうれしそうにはなしをつづけた。
「そうと決まったら、こうしちゃいられないわ!
わたし、ハルさんのところに行って、今夜のことをはなしてくるわ!」
「ボクも行きます。パーティーの準備、手伝うって約束してましたから。」
モモ姫がフォールドにいちどうなずいてから、顔をライラックにむけた。
「ライラック。」
「うん?」
「そういうことだから、悪いんだけど希奈ちゃんをおうちまで送ってあげて。」
モモ姫からのたのみに、思わずライラックは
「どうしてオレが?」
と言ってしまった。
もちろん、すぐに後悔したけれど。
「あの・・・・帰りかたさえ教えてくれれば、わたし、ひとりで帰れます。」
「でも・・」
ただでさえこまり顔なモモ姫の顔が、いちだんと悲しそうにみえる。
「みんないそがしそうだし・・・。わたし、ひとりには、なれているから。」
希奈子がそう言い終わるかどうかのとき、
ライラックが希奈子のふたつにゆった髪のかたほうをくんっと、ひっぱった。
希奈子はびっくりしてライラックを見上げる。
「行くぞ。」
たったひとことだけ言うと、ライラックはくるりと背をむけて、
さっさと歩きだしてしまった。
希奈子がモモ姫の顔を見ると、モモ姫は笑ってうなずいた。
希奈子が走りだす。
ライラックと希奈子のちいさくなる背を見送りながら、
フォールドがぽつりとつぶやいた。
「モモ姫がどうして希奈子さんをここに連れてきたのか・・・
なんだかわかった気がします。」
モモ姫はすこしだけ笑った。
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