ようこそ!アフジスカへ
いっぴきのパグに連れられて、
希奈子がおりたその場所はとってもふしぎな世界だった。
希奈子が立っているところはどうやら広場になっていて、
中央には大きな地球儀がぷっかりとうかんでいる。
その地球儀には猫のかたちをした大陸がひとつ、そして、
蝶のかたちをした大陸がひとつ描かれていた。
広場のまわりを見わたすと、ここに住んでいるヒトたちが見える。
でも、なんか変。
だって、ヒトといっても人間じゃなくてそれは犬や猫たちなのだから。
もちろん希奈子は犬も猫も知っている。
でも、ここの犬や猫は希奈子が知っているのとはちがっているようだ。
希奈子が知っている犬も猫も二本足で歩かないし、人間の言葉もはなさない。
だけど、ここに住んでいる犬はもちろんのこと、
猫までも二本足で器用に歩きまわっている。
しかも、人間とおなじくらい体がおおきかった。
玄関先にあるレンガでつくられた花だんにジョウロで水をやる犬。
あちらの庭先では丸テーブルに
なんびきかの猫たちがあつまってチェスをやっている。
よく見るとチェスのコマはねずみのかたちをしていた。
かべのペンキをぬる猫のとなりでは子猫がペンキまみれになって遊んでいる。
まるでおとぎ話のような世界。
だけど、これは本のなかでも、ましてテレビのなかでもない。
ここは希奈子の目の前にある世界。
希奈子はそんな犬や猫たちを見ながら、あれやこれやとかんがえはじめた。
―そうだ・・。むかし、二本足で歩く犬は学校の近くにきたサーカス小屋で
おじいちゃんと見たことがる。
でも、サーカスの見世物になるくらい犬が二本足で歩くことはめずらしかった。
じゃあ、人間の言葉をはなす犬や猫は?希奈子は頭をフル回転させた。
―犬や猫じゃなかったけど、人間の言葉をはなす鳥がいたはず・・・。
この前の日曜日、おとうさんもおかあさんもひさしぶりにお休みで、
みんなで動物園に行ったときのことだった。
鳥がたくさんカゴのなかで飼われていて、そのなかの・・・オウムという鳥が
「おはよう」
と、しゃべったことを思い出した。
だけど、あれだって希奈子の目の前にいるパグのように、
ぺらぺらと日本語をはなすわけではなかった。
希奈子がそんなふうに頭をなやませていると、
パグがちょこんと二本足で立ってこちらを見つめている。
さっきはしゃがまないとおなじ目の高さにならなかったのに、
今はパグを希奈子がすこし見上げていた。
パグは軽くおじぎをして言った。
「ようこそ!アフジスカへ!」
「あふじすか・・・?」
希奈子はそんな地名聞いたことがないというように、パグの言葉をくりかえした。
「そうよ!アフジスカ!」
くるりとパグがひとまわりすると、二本足でぴょんぴょんおどりながら歌った。
♪遠くでもなく 近くでもない
♪昔でもなく 未来でもない
♪なつかしくもなく まあたらしくもない
♪そんなところにある世界・・・
♪・・・それがアフジスカ
歌いながらくるくるまわるパグはまるで機械じかけのオルゴール。
「パグちゃん、お歌がじょうずね。」
希奈子の言葉にパグは得意気に笑うと
「おほめのお言葉、ありがとう。」
と、おおげさに手をふっておじぎをした。
まるでむかしの映画の貴婦人のようなふるまいをしたかと思ったら、
今度はすこし怒った顔つきで希奈子に言った。
「でもね、あなたにお願いがあるの。」
「?」
「そのパグってよぶの、やめてくださらない?わたしの名前、パグじゃないわ。」
「ごめんなさい・・・。じゃあ、なんておよびすればよろしいの?」
希奈子もパグに合わせるように、わざとていねいな言葉をつかった。
「わたし、モモっていうの。ここのヒトたちは”モモ姫”ってよぶわ。」
思わず笑いだしそうになった希奈子はあわててじぶんの口を手のひらでおさえた。
―モモ姫?!お姫さまってこと?!たしかに言葉はていねいだけど・・・
希奈子はもういちど、まじまじとモモ姫の顔を見つめた。
―やっぱり姫って顔じゃない!
しわくちゃの顔にうずもれたぺしゃんこな鼻。
せめてあの有名な三大美女のひとり、
クレオパトラのように高い鼻だったらお姫さまにもなれたのに。
じぶんの顔を見ていることに気がついたモモ姫がちらりと横目でにらむと、
希奈子はバツの悪そうに肩をすくめて、他のはなしをはじめた。
「モモ姫さん。ここにはどんなヒトたちがいるの?お友だちとか、いるんでしょう?」
「もちろんよ!あなたに紹介しようと思って・・・。」
そう言うとモモ姫は、はっとなにかに気づいたように、きゅうにそわそわしはじめた。
「どうかしたの?」
希奈子がたずねると、モモ姫ははずかしそうにうつむきながらちいさな声で言った。
「わたし・・・服を着ていないわ・・・。」
「でも、わんちゃんって服を着るの?」
「もう!なんてことを言うの?!わたしだってレディなのよ!当然じゃない!!」
あっけにとられながらも希奈子は
「そ、そうよね・・・。レディだものね・・・。」
と、あいづちをうった。
「うっかりしていたわ!
あなたをここに連れてくることばっかり気にして、服を着わすれてしまうなんて!!」
モモ姫はにくきゅうのついた両手をほおにむぎゅっとおしあてながら、
いそいそと走りだした。
希奈子はこんな知らない場所においていかれては大変だと思い、
モモ姫のあとをおいかける。
「このすこし先にわたしの家があるの。まずはそこに行って、着がえてくるわ!」
とてとてと走るモモ姫がうしろをふりかえってさけんだ。
「すぐにもどってくるから、あなたはここで待っていてちょうだい!」
「え・・?!でも・・・・!」
希奈子が言い終わる前に、モモ姫はそのすがたを消してしまった。
ひとり、とりのこされた希奈子。
「どうしよう・・・。待ってろって言われても・・・。」
不安な気持ちをかかえたまま、希奈子はあたりをぐるりと見まわした。
ホラー映画のような、どろんどろんのおそろしげな雰囲気はない。
だからといって、つぎはぎお化けが出てこないという保証もない。
「モモ姫・・はやくもどってきて・・・!」
希奈子はただ、そうやってモモ姫の帰りを願うしかなかった。
どのくらいたったのだろう?
希奈子は時計を持っていなかったから時間がわからない。
とっても長いあいだ、ここにつっ立っている気がする。
いくら待ってももどってこないモモ姫に、希奈子の不安は爆発すんぜんだった。
お日さまは相変わらず空の上でごきげんだ。
「いいわね。そうやって、いっつもにこにこしていられて・・。」
希奈子は空を見上げながらぽつりとつぶやいた。
モモ姫においてきぼりにされてしまった希奈子はあたりを探険することに決めた。
このままじっとしていたら、
希奈子のむねは不安でつぶされてしまうと思ったからだ。
でも、あまり遠くはなれてしまうと、帰りの道がわからなくなるかもしれない。
そうかんがえた希奈子はすぐ近くをほんのすこしだけ見にいくことにした。
ちょっとした冒険だ。
さて、そうと決まったらどっちへ行こう?
どっちに行っても希奈子の知らない場所であるにはかわりない。
まよっている希奈子の耳に、風にのせられてかすかな音がとどいた。
「なんの音かな?さっきまで聞こえなかったのに・・・。」
自然がうみだす風や木の葉のこすれる音ではなくて、
だれかが人工的に出している音。
そよそよと空間をただよいながら、耳のなかにすっととけこむその音に、
希奈子のむねはなぜかドキドキした。
こころがふうわりと空を飛んでいくような、そんなふしぎな気持ちになれる音。
いつのまにか希奈子はさそわれるように、音のするほうへと歩きはじめていた。
「この音。ううん、この音楽の正体をつきとめなくっちゃ!」
さっきまでの不安な気持ちはどこへやら。
今はこの音楽がなんなのか。知りたい。
その思いが希奈子の足をすすめさせていた。
空にかがやくお日さまも希奈子はもういやではなかった。