ひこうき雲
♪青い空がすぅっとワレタ。
♪その白いさけめから
♪宇宙がこぽこぽとこぼれてきました。
♪見上げるわたしの首が
♪くんっとつった。
さっきまで、さまざまな色をしていた空が一瞬にして真っ青になった。
どこまでも無限につづく青い空。
希奈子はどこまでもどこまでもひろがるこの空を見上げた。
すると、なぜかむねが苦しくなった。
切ないような、でも、うれしいような、希奈子はこの気持ちがなんなのかわからなかった。
「空を見ていると、いつも感動させられる。」
希奈子のとなりでおなじく空を見つめるライラックがぽろりとつぶやいた。
「かん・・どう・・。」
希奈子は気づいた。
この気持ち、むねがきゅうっとしめつけられるこの想い、これこそが感動なのだと。
希奈子は感動していた。
「くるぞ。」
ライラックが天を指さした。
「あ!」
希奈子がさけぶ。
「ひこうき雲!」
青空に一本の白いすじがはいった。
白い雲がまるで流れ星のように、すうっと空を流れていく。
「ひこき雲は空のチャックさ。」
希奈子たちのいる丘から空の果てにむかって、ひこうき雲がまっすぐにのびている。
そのはじまりの場所が、ちょうど寿限無がはいっていった真っ白い家の目の前だ。
「さあ、おのりください。」
寿限無が家の中から希奈子たちにむかってさけんだ。
「のる?なににのるの?」
「ブランコさ。」
あごでくいっと、ライラックがさしたほうを見ると、ひこうき雲のはしっこにブランコがついていた。
ライラックがブランコのそばに歩いていく。
希奈子もすこしおくれて歩いていった。
「これ、ふわふわしてる。」
「雲だからな。」
ライラックは希奈子をだきあげるとブランコへすわらせた。
ライラックもかるく地面をけって希奈子の左どなりに飛びのった。
ライラックがのった瞬間、ブランコがぐらりとゆれたので、希奈子はあわてて手すりにつかまった。
「しっかりつかまってろ。」
希奈子はうなずくと手すりをぎゅうっとつかんだ。
「用意はよろしいですか?」
窓から顔を出す寿限無にライラックが
「いいぞ。たのむ。」
と、返事をした。
「では、空の旅をお楽しみください。」
寿限無がぱちんと指をならすと、ふわりと雲のブランコが動きだした。
モノレールのようにひこうき雲がレールとなって、希奈子たちのすわっているブランコが動いていく。
「わぁ〜!遊園地みたい!」
はしゃぐ希奈子。
「楽しいか?」
「うん!」
「そうか。」
ライラックが笑った。
―二回目。
希奈子はこころの中でつぶやいた。
この雲離屋にきてからライラックが笑った数だ。
それも、希奈子に対して笑ってくれた数。
「うしろを見てみろ。」
言われたとおり希奈子がうしろをふりむくと、そこにはしんじられない景色がひろがっていた。
希奈子たちがのっているブランコが通りすぎたひこうき雲のすきまから、宇宙があふれだしていた。
真っ暗な闇のなかにきらきらと光る星たち。
土星のようにわっかのついた星もある。
希奈子はライラックの言葉を思い出した。
「ひこうき雲は空のチャック・・。」
そう、開かれたひこうき雲のチャックからは宇宙がこぼれだしていた。
「この青い空だって、こうして見ればその先にあるのは宇宙の闇なんだ。」
ブランコが風をきってすべる。青い空はまたたく間に夜になっていった。
「オレたちはいつも闇にいだかれているんだ。」
希奈子はじぶんのうしろに手をのばして宇宙を手のひらですくった。
「暗闇なんてこわがることはないさ。わかるな?」
希奈子の手のひらで小さな星がきらりと光った。
「ライラック。」
「うん?」
「ライラックの見せたかったものって・・。」
「ああ。」
「ううん。伝えたかったこと、わかった。」
希奈子がライラックを見ると笑った。
「わたしが暗いとねむれないって言ったから。」
ライラックの横顔がかすかに動く。
「ありがと。」
希奈子はライラックにそっとよりかかった。
「ライラックってやさしいね。」
ライラックは希奈子を見ようとはしなかった。
「学校・・・。」
希奈子が思い出したかのように口をひらいた。
「あんまり楽しくないんだ。」
「へえ。どうして?」
ライラックがそっけなく聞きかえす。
「となりの席の男の子とかね、すぐイヂワルするのよ。この前なんて、わたしのことブスって。」
「ははは!」
ライラックが声を出して笑ったので希奈子はほっぺたをフグのようにふくらませた。
「ま、ガキはそんなもんさ。」
希奈子はまだふくれっ面だ。
「いいか?この空だって光の青だと思っていたら・・。」
ライラックがそこまで言うと、希奈子が
「宇宙の闇だった。」
と、つけくわえた。
「そうだ。ものなんてもんは見方ひとつでいくつにも変わるんだよ。」
希奈子は雲離屋にきたときのことを思い出した。
あっという間に色を変えていく空。
希奈子がこうだと思ったら、もう、ちがう色になってしまう。
「すべてはおまえしだいさ。学校がつまらないと思えば、それはつまらなくなる。」
「楽しいと思えば楽しくなる?」
希奈子の質問にライラックは笑った。
「その男の子だって、もしかしたらおまえのことが気にいっているのかもしれないぞ。」
ライラックの言葉に、希奈子は
「ふーん。」
とつぶやいた。
となりの席の男の子がじぶんのことを気にいっているとはとても思えなかったけれど、
ライラックの言いたいことはなんとなくわかった。
「すきな子にイヂワルしたくなる年ごろってことさ。」
ライラックは前を見つめたまま思い出したようにつぶやいた。
「じゃあ、ライラックも?」
そう言おうとして、希奈子は言葉をむねにおしこんだ。
雲離屋の空はとても楽しそうだった。
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